2023/03/28

連載『スポーツ情報って面白い!』⑯/「アスリート」とはどんな人?

 「アスリート」はスポーツに取り組んでいる人たちの総称である。この文章を読んで下さっているみなさんはこのアスリートに対してどのようなイメージを持っているだろうか。活動的である。社交性がある。明朗である。強靭な精神力を持っている。想像するにこのようなアスリート像を持っている人が多いのではないだろうか。特にトップアスリートは緊張を強いられる場面で強い精神力を発揮して、勝利を手に入れたり、記録を更新したりしているものと考えているのではないだろうか。さらに、周囲からの期待や描かれたアスリート像に応えるべくアスリート自身もかくあるべしという信念を抱いているではないだろうか。土屋裕睦(大阪体育大学、スポーツ心理学)はこれをスティグマ(烙印)と呼んでいる。人の性格は多種多様であることに対する疑念の余地はないが、これだけ多くいるアスリートが、これほどまでに画一的な性格特性を持つことに対して疑義をもつことが少ないのはなぜなのだろうか。昨今、このスティグマを含め、アスリートのメンタルヘルスに対する関心が高まっている。

 日本オリンピック委員会のコーチ会議(令和4年12月23日開催)においても「トップアスリートのメンタルヘルスを考える」というプレゼンテーションが行われている。筆者はこの中の一つの領域を担当しており、それは調査結果の報告からアスリートが抱える心理的なストレスを明らかにするという内容であった。2016年に開催されたリオデジャネイロオリンピック大会以降、日本オリンピック委員会のプロジェクトチームによって夏季大会、冬季大会が開催されるたびに参加選手に対して詳細なアンケート調査が行われている。家族構成から成育歴、スポーツ経験など調査項目は多岐に亘る。この中に心理的ストレスに関する調査項目が含まれている。今回は東京大会に出場した選手に対して行われた調査の分析結果を報告した。

 まず、強く感じている心理的ストレスの内容についての調査結果である。最も多く報告されたのはコロナ禍による調整の難しさについてであった。大会の延期や無観客での開催が日常生活はもちろんのこと競技生活にも強い影を落としていることが分かった。この他に仕事(学業)と競技との両立や将来の進路についてストレスを感じているアスリートが多くいた。テレビや新聞などで取り上げられるアスリートはわずかであり、ほとんどの選手が厳しい競技環境の中で生活を送っているものと考えられる。この他にも人間関係やマスコミへの対応などその原因となる項目は多岐に亘った。

 これにもまして驚かされるのはその強さについてである。この調査にはK6と呼ばれるストレスの度合いを計測するためのチェックリストが含まれていた。これは焦燥感や徒労感、圧迫感などのストレスの強さを得点化し、それが10点を超えるとストレスが過度にかかっているという診断が下される。大会参加者の中にこの基準を超える値を示したアスリートが25パーセント弱存在した。これはストレスのベクトルが多方向に伸びているのと同時にその強さもかなり大きいということを示している。

 精神的に健康であるというある種のアスリートに対するイメージは彼ら彼女らが発することばや行動などにより私たちの中にある種のイメージを作り上げている。しかし、内面を調査したデータはこれらが表層にあるものだということを示している。スポーツにかかわるものとして、彼ら彼女らが抱えているストレスは我々の想像をかなり超えたところにあるのだということを改めて認識する必要があるだろう。
<スポーツ情報マスメディア学科 教授 粟木 一博>
 

学科概要はこちら

バックナンバーはこちら

<< 戻る

関連記事