2022/12/02
連載『スポーツ情報って面白い!』?/ジャイアントキリングと情報戦略
サッカーワールドカップにて、日本があのドイツに勝利しました。それも先制されてから後半での大逆転勝利です。日本中が熱く盛り上がり、翌日以降の情報番組の浮かれ具合には少々引き気味にもなりました。わかってはいます。あのドイツに勝った。過去4回優勝の、ゲルマン魂の、「キャプつば」ではあの「カール・ハインツ・シュナイダー」がいる、あのドイツに勝った訳ですから。浮かれるのも無理はないですね。スポーツの試合において明らかに格上である相手に対して大方の予想を覆して勝利する大番狂わせのことを「ジャイアントキリング」と言います。「Jack the Giant killing」というおとぎ話由来とされています。同タイトルの漫画の影響もあり、「ジャイキリ」という略語まで一般化されています。
日本のサッカーにおいても、2021年に驚くべきジャイキリが起こっています。天皇杯2回戦、おこしやす京都(関西1部リーグ)がサンフレッチェ広島(J1)に5-1という大差で勝利し、「おこしやすの奇跡」と話題となりました。階層で考えるとJ1は1部であり、関西1部リーグは5部に相当します。4階層上の相手を倒してしまったこの試合の立役者は、「サッカー未経験者の分析官(アナリスト)」でした。
龍岡歩さんは、学生時代は部活に所属していないいわゆる「帰宅部」。中学時代に1993年のJリーグ開幕戦をTVで偶然観戦して感動。元々、運動は苦手だったので、「部活に入って選手に」とはならず、TVで試合を観ることに熱中。海外の試合を録画しては観るという生活に明け暮れ、年間1000試合は観戦していたといいます。高校を卒業して、アルバイトをしてお金が貯まったら海外を放浪して海外サッカーを現地観戦し、お金が尽きたらまたアルバイトという生活を9年。インターネットサイトサッカーショップの店長となり、同時に記し始めたサッカーの戦術分析ブログがJリーグチーム代表の目に留まり、J3の藤枝MYFCに加入することとなります。藤枝でも清水エスパルスに4-2で勝利するという「ジャイキリ」を達成、後においでやすに所属を移してサンフレッチェをも倒してみせました。
チーム関係者は「10回に1回でも勝てたら良い方だ」と言っていた状況で「3回は勝てる」と思っていたそうです。天皇杯はカップ戦であり、通常のリーグ戦の合間にカードが組まれるという特殊な状況で、サンフレッチェは中2日という強行日程であることからターンオーバー制(選手を休ませるために大幅にスタメンを入れ替えること)を用いることが予想された試合、実際に多くの選手を入れ替えていました。このメンバーを予想してミスマッチを探した時にセンターバックのコマが足りていないということに注目。試合にあまり出ていない控え選手か本職ではない選手の起用が予想され、この場のみの局地戦であれば勝機があると判断し、この選手のところを徹底的に攻めるという戦術を構築。試合開始後、15分はサンフレッチェの猛攻がありましたが、これを耐えて、この選手の裏を突く動きで先制、さらにこの選手のミス絡みで追加点を奪取、この後は攻め上がってくるのを耐えて上がり気味のところをカウンターで追加点という形となりました。
この「おこしやすの奇跡」を演出したアナリストの龍岡さんは、試合に至る相手チームの状況から弱点と自チームの長所を分析し、勝利へのシナリオを描きました。龍岡さんは「選手が練習している間、僕はずっと試合を観ていた。それが観察眼のトレーニングだったということ。この点においては、選手よりも僕の方に優位性があった」と述べています。競技未経験のアナリストが起こす「ジャイキリ」。未経験と言わないまでも、競技から身を引いたアナリストがこのような形で勝利に貢献することができるということに、大きな魅力を感じます。話をワールドカップに戻すと、ドイツチームには、日本人のアナリストが3人いるそうで、それこそ日本チームの分析を担当していたと聞きました。
本学バドミントン部の専任アナリスト・須田翔大(スポーツ情報マスメディア学科4年)は、高校3年間でプレーヤーは引退してアナリストの道を歩み始めました。東北学生バドミントン選手権の準決勝、本学エースの成田行磯(体育学科4年)の相手にはこれまで3連敗中でした。何度も分析を繰り返し、弱点とこちらの長所をぶつけて初勝利に繋げることができました。決勝の相手も連敗中でしたが、こちらも同様に少しの差で勝ち切り優勝を後押ししました。誰よりも多く相手の映像を観てきた彼の強みという部分が龍岡さんと重なります。須田は現在、実業団チームの分析サポートを行い、先日の試合でも勝利に貢献しています。今後の活躍と共に、アナリストを希望して新たな道を切り開いていく学生さんがたくさん出てくることを期待しています。
東北学生バドミントン選手権大会決勝で優勝を決めた成田選手とのハイタッチ・ガッツポーズのアナリスト・須田翔大
<スポーツ情報マスメディア学科 准教授 林直樹>