学校法人朴沢学園創立140周年記念式典挙行

~ 裁縫教育を通し近代日本女性の地位向上に大きな役割を果たした松操私塾創立から140年の歩み・さらなる発展・飛躍へ ~




 令和元年を迎えた五月晴れの5月11日(土)明成高等学校体育館において、学校法人 朴沢学園創立140周年記念式典が挙行され、来賓、松操会(旧:朴沢女子高等学校・現:明成高等学校卒業生の会)、法人事務局をはじめ明成高等学校生徒・保護者、仙台大学関係者など、集まった約1,200は、宮城県はもちろん日本の女子教育におけるパイオニアとしての誇り高き歴史を振り返り、学園のさらなる発展と飛躍を誓いつつ、心より慶び合う「140年目の節目」を刻みました。
 
 松操私塾(朴沢学園)は、明治12年(1879年)明治初期国家的な課題の一つであった女子の就学率を高めるため、裁縫教育を通して女性の持つさまざまな能力を引き出し、近代日本女性の地位向上を目的に、現在:仙台市青葉区一番町二丁目の地に創立されました。
 知性と品格ある校風および「実学と創意工夫」を理念に掲げ、「一斉教授法」など画期的でわかりやすい教育をモットーとし、松操私塾(朴沢学園)には、九州から北海道まで全国より子女が集まり「嫁にやるなら朴沢へ、嫁をとるなら朴沢から」と称されるほどとなりました。
 
 そのような名門校にも時代の嵐は押し寄せ、昭和20年(1945年)の仙台空襲によって学校が廃墟となる苦悩の時期はありましたが、再建に尽力した後継者や多くの方々の手により見事復興を果たしたばかりか、昭和42年(1967年)には船岡に東北・北海道で唯一の体育系大学「仙台大学」を開学し、創始者の開学当初から目的であった教員養成について、戦後の学制改革により途絶えていたところを高等教育機関として復活させるとともに、さらなる飛躍をとげました。昭和49年(1974年)に仙台市青葉区川平地区に新校舎を落成、朴沢女子高等学校と法人本部を移転。平成4年(1992年)に校名を明成高等学校に改称、その4年後の平成8年(1996年)には男女共学とし、これまでに4万1千人あまりの優秀な卒業生を輩出しています。
 
 最初に明成高等学校・中村勝彦校長が式辞を述べ、次に朴沢学園・朴澤泰治理事長・学事顧問が、本学園のこれからの教育事業への取り組みとして、学校間の接続に関する改革を行い、その取込みについては他に先駆け先導的に進めていくことを語りました。その一例として、教員の質および教育の質を向上させるために、体育科教員などの教員養成に関する仙台大学での4年間の勉強をさらに充実させ、明成高等学校での教育を教員養成に活用し、大学に入る前の高校教育の段階で基礎的な素養を勉強してもらうという発想の転換が紹介されました。続いて、教員養成のみならず調理・介護など、他の人材育成分野でも仙台大学との連携を明確化し、まさにこれから訪れてくる日本社会の姿を想定した取り組みを建学の精神である「実学創意工夫」の下に行っていきたい旨、話しました。最後に出藍誉れ(弟子が師匠の学識や技量を超えるという意味)である教育事業に、2020年12月完成予定の高校校舎立替えという「器」と先導的な高大接続という「魂」の両面で取り組んでいく決意を述べ、挨拶となりました。
 宮城県知事代理で総務部参事兼私学・公益法人化の新妻直樹課長などにより、教育への永きにわたる情熱へ敬意を表するとともに、なお一層の発展を祈念するというご祝辞をいただいた後、朴澤泰治理事長・学事顧問から、学園にご功績ある元校長・元専務理事の小島信弥先生に対し、感謝状と令和の銘酒が記念品として贈呈されました。
 
 「創立140周年 歴史を辿る」という演題での朴澤泰治理事長・学事顧問による講演会では、明成高等学校の卒業生で、現在、米国ワシントン州・男子バスケットボール名門であるゴンザガ大学の3年生であり、日本人初のNBA男子プロバスケットにドラフト1巡で指名されることを全世界から注目されている八村塁(はちむら・るい)選手をはじめ、たくさんの卒業生よりあたたかいビデオメッセージが紹介され、画面を食い入るように見つめる生徒たちは、時折歓声をあげながら素晴らしい先輩たちを称えていました。講演会終了後には、柴田町桜の会からお祝いに桜の苗木6本が寄贈され、その植樹式が執り行われ、記念品の一部として明成高等学校調理課を夫婦で卒業しベーカリー&カフェ3110(さいとう)という人気のパン屋を経営する齋藤雄貴さん・沙知江さんと生徒が手づくりした杜の都の「あんコパン」がふるまわれるなど、ほのぼのとした心に残る記念式典が幕を閉じました。
 朴沢学園は、140年の歴史を受け継ぐべきもののキーワードとして①国際感覚を持つ②教員養成の機関③時代の要請を踏まえた実学(裁縫―>調理・食育 福祉・介護 健康・スポーツ)を掲げ「創意工夫」の理念とともにこれからも優れた人材育成に努めて参ります。
 
 みなさん、「創立150周年でまたお話しましょう」